東京高等裁判所 平成11年(ネ)1775号 判決 2000年2月29日
控訴人(原告) 株式会社伊勢丹アイカード(旧商号・株式会社伊勢丹ファイナンス)
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 畠山保雄
同 武田仁
同 中野明安
同 井上能裕
同 大塚和成
被控訴人(被告) Y
右訴訟代理人弁護士 藤本斉
同 髙木宏行
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、控訴人に対し、金一〇万一〇八四円及び内金一〇万円に対する平成九年五月二七日から支払済みまで年二九・二パーセントの割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
本件控訴を棄却する。
第二事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおり訂正、付加、削除するほか、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決二丁表二行目に「カード」とあるのを「クレジットカード(以下「カード」という。)」と改める。
2 原判決二丁裏一行目に「伊勢丹カード会員契約」とあるのを「伊勢丹アイカード会員規約」と改める。
3 原判決三丁裏八行目の「訴外」とある前に「控訴人の提携している」を加え、九行目の「(以下「本件貸出機」という。)」及び一〇行目から一一行目にかけての「原告の提携先である」をいずれも削除し、一一行目の「本件貸出機」とあるのを「クレディセゾンの現金貸出機(以下「本件貸出機」という。)」と改める。
4 原判決四丁表一行目に「カードが挿入され」の次に「、残高照会がされることなく」を加える。
5 原判決五丁表四行目に「本件現金貸出機」とあるのを「本件貸出機」と改める。
第三当裁判所の判断
一 争点1ないし3について
1 前記の前提事実3、4、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 伊勢丹カードによる現金貸出しの概要等
伊勢丹カードを所持している者が、クレディセゾンの現金貸出機を利用してキャッシングを受ける場合の操作ないし貸出しの概要は、次のとおりである。
(1) 利用者が、①伊勢丹カードを現金貸出機に挿入し(これにより、現金貸出機が右カードの磁気ストライプに記録してある会員番号等を読み込み、会員のカードであることを確認する。)、②暗証番号(四桁)、③キャッシング希望金額等を入力する。
(2) 現金貸出機は、クレディセゾンのホストコンピューター、NTTデータ通信株式会社のCAFIS、伊勢丹データーセンターのTANDEM機を経由して、伊勢丹データーセンターのホストコンピューターに、右の①会員番号等、②暗証番号(四桁)、③キャッシング希望金額等を伝達する。
なお、クレディセゾンのホストコンピューターからCAFIS、CAFISから伊勢丹データーセンターのTANDEM機まではそれぞれ専用回線で結ばれている。
(3) 伊勢丹データーセンターのホストコンピューターは、暗証番号等を照合の上、キャッシングの可否について判断し、現金貸出機にその結果を伝達するが、その情報は、右各コンピューターを順次逆に経由して伝達される。
(4) 現金貸出機は、伊勢丹データーセンターからの情報を受信すると、その情報がキャッシングを許可するものであれば、現金の支払(貸出し)をする。
(5) 富士通株式会社が本件貸出機と同種の現金貸出機を製造販売して以来約三〇年が経過し、現在稼働している台数は約六〇〇〇台、その取扱件数は年間約二〇〇〇万件にも上るが、いわゆるパリティチェックを二重にしているということも手伝って、これまで現金貸出機ないしキャッシングシステムが、データ等を読み間違えたという報告も、誤作動を起こしたという報告もない。
(二) 本件貸出しの概要等
平成九年五月五日午後六時五七分に、埼玉県所沢市<以下省略>所在のスーパーマーケット「西友」小手指店内に設置されている本件貸出機に本件カードと同じ番号のカードが挿入され、残高照会がされることなく、暗証番号が一回で正しく入力され、一〇万円のキャッシングを希望する旨の入力があった。そして、本件貸出機は、伊勢丹データーセンターのホストコンピューターによるキャッシングの許可の判断を受けて、即時、右金一〇万円の貸出しをした。
なお、埼玉県川口市にあるJR川口駅から同県所沢市<以下省略>にある西武池袋線小手指駅まで行くには、早くても片道約一時間かかる。
(三) 被控訴人の本件カードの保管状況等
(1) 被控訴人は、平成元年一一月に夫Bと婚姻して以来、Bの経営にかかる有限会社a米店の仕事を手伝っていた。
そして、平成九年五月当時は、夫B、長男C(六歳)及び長女D(一歳)とともに埼玉県川口市<以下省略>所在の●●七〇六号室に居住していた。
なお、同月五日は、右米店は休みであった。
(2) 被控訴人は、平成三、四年頃、本件カードとは別のカードを紛失したり、スリの被害にあったりしたことがある。
(3) 被控訴人は、平成六年四月二四日に控訴人から本件カードの発行、貸与を受けて以来、通常、財布に入れてこれを保管していたが、紛失したり盗難にあったことはないし、その再発行を受けたこともない。
なお、被控訴人は、平成九年五月当時、本件カードのほかに、あさひ銀行のキャッシュカード(被控訴人名義のものとB名義のもの)、さくら銀行のキャッシュカード、そごう、ダイエー等のショッピングカード、JCBカード、郵便局のカード等も所持しており、一〇の収納箇所がある財布にこれらのカードを入れて保管していた。
(4) 被控訴人は、本件カードの暗証番号として結婚記念日の数字を使用していたが、このことを不用意に他人に口外したり、財布の中に結婚記念日が判るようなものを入れていない。また、被控訴人は、これまで本件カードを利用してキャッシングを受けたことはなかった。
なお、右一〇万円の貸出しの他に、本件カードと同じ番号のカードが使用されてキャッシングがされたことはないし、被控訴人の意思に基づかないショッピングがされたこともない。
(5) 被控訴人宅の平成九年五月五日の電話の発信記録(乙一号証)によれば、午後二時七分、二暗三〇分(いずれもPHSに対するもの)、四時五六分(通話時間七秒)、五時五三分(通話時間九秒)、五時五四分、七時四一分にそれぞれ発信した旨の記録がある。
また、被控訴人は、同日の午後四時一五分に、イトーヨーカドー川口店において焼き肉等の買い物をした旨のレシートを有している(乙四号証)。
2 被控訴人は、本件貸出しがされた当時、本件カードは被控訴人がその自宅で所持していたから、本件貸出しは、本件カードの会員番号、暗証番号等を盗取した偽造カードによってされた蓋然性がある旨主張する。
(一) しかし、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) そもそも伊勢丹カードは、汎用性がなく、ショッピングをすることができるのは、伊勢丹アイカード取扱加盟店に限られている上、キャッシングについてはその性質上さほど高くない利用限度額が定められている(本件カードのキャッシングの利用限度額は一〇万円である。)。
加えて、伊勢丹カードの会員番号は、発行時に計画的に乱数を組み込んだ一六桁の数字であり、既発行カードの会員番号を盗取しないで、独自に現金貸出機が作動する会員番号を創り出すことは不可能に近い。
それだからといって、既発行カードの会員番号を盗取することには、それ相応の危険と費用とを負担することになるばかりでなく、盗取したカードの会員番号を偽造カードに埋め込むためには、既発行カードの会員番号を盗取する者のほか、コンピューター技術者、磁気テープ製作者等を含む大規模な組織を必要とすることになる。
(2) 伊勢丹カードが発行されたのは昭和六二年であり、これまで延べ約三三三万人の会員、キャッシング取引件数は延べ約一七五万八〇〇〇件に上るが、これまで伊勢丹カードの偽造ないし偽造カードの使用事件は発生していない。
(二) 確かに、<証拠省略>には、偽造カードにより被害を受けた旨の記事があり、乙一五号証中には、通信会社の職員が通信回線上からデータを盗取してカードを偽造した旨の記事がある。また、右乙一六号証によれば、カードの所持者がカードを利用した後捨てた「お客様控」(売上伝票)から会員番号等を写し取るという偽造方法もあることが認められる。
しかしながら、①本件カードは、さきに認定したとおり、ショッピングについても、キャッシングについても相当限定されたカードであるから、あえて本件カードを偽造してもそれによって不法に領得することができる利益は少ないし、現に本件カードは一〇万円という比較的少額な本件貸出しのために一回使用された以外には全く使用されていない。②仮に第三者が何らかの方法により本件カードの会員番号を盗取することができたとしても、その暗証番号は被控訴人の結婚記念日の数字が使用されているから、これを察知することは極めて困難である上、被控訴人は、これまで本件カードを利用してキャッシングを受けたことがないから、キャッシングの通信回線上で本件カードの暗証番号を盗取することもできない。加えて、③本件全証拠に照らしても、控訴人の内部等において本件カードの会員番号や暗証番号等にアクセスすることができる者ないしいわゆるハッカーが被控訴人のデータを盗取したことを窺わせる事情はない。
(三) もっとも、被控訴人の陳述書(乙九号証)及び原審における被控訴人本人の供述中には、被控訴人は、平成九年五月五日午後四時一五分頃、イトーヨーカドー川口店等において買い物をし、その代金を支払うときに本件カードが財布に入っていることを確認した、午後四時三〇分頃帰宅してからは、ダイニングテーブルの椅子の上に本件カードの入った財布を置いた、翌日も本件カードが財布の中に入っていることを確認した等の供述部分がある。
しかしながら、被控訴人は、平成三、四年頃、カードの入った財布をすられたことがあるほか、カードを紛失したことがあること、その陳述書(乙九号証)には、持っているカードを全て財布に入れて持ち歩いていた、暗証番号に結婚記念日の数字を使用しているのは銀行のキャッシュカードと本件カードのみであるとの記載があるが、その一方、被控訴人は、原審において、さくら銀行等のカードは財布に入れていない、自己のために使うカードの暗証番号は学生時代の出席番号、家族のために使うカードの暗証番号は結婚記念日の数字を使用している等と供述していること、ダイエーのカードやJCBカードの暗証番号については曖昧な供述をしていること、スリの被害にあってカードの再発行を受けた後でも、暗証番号を変更していない等と供述していることに照らすと、被控訴人の前記供述は、直ちに信用することができない。
(四) 以上を総合すると、平成九年五月五日午後六時五七分に本件貸出機に挿入されたのは、真正な本件カードであると推認され、右推認を覆すに足りる証拠はない。
3(一) 被控訴人は、被控訴人及びBは、平成九年五月五日午後六時五七分頃、川口市の自宅にいて本件カードを使用していないし、仮に被控訴人らが一〇万円を必要としたとしても、川口市内で調達することが可能であったから、所沢市<以下省略>まで行く必要もなかった旨主張する。
しかしながら、さきに認定したとおり、①本件貸出しに当たり本件貸出機に挿入されたカードは本件カードであること、②本件貸出機に本件カードが挿入された後、残高照会がされることなく、直ちにその暗証番号(四桁)が一回で正しく入力され、限度額一〇万円のキャッシングがされていること、③被控訴人は、本件カードを紛失したり、盗難にあったりしたことはなく、現に本件カードを所持していること、④本件カードの暗証番号は、被控訴人の結婚記念日の数字であり、被控訴人は、暗証番号を不用意に他人に口外したりはしていないこと、⑤暗証番号が盗取されたことを窺わせる事実は全くないことが認められる。
右事実を総合すると、本件カードを使用して本件貸出機から一〇万円を借り受けたのは、本件カードを使用し、暗証番号やキャッシング限度額を了知することができる者、すなわち被控訴人若しくはその家族又はこれらの者の意を受けた者(ただし、被控訴人自身を除く。)と推認するのが相当である。
(二) なるほど、Bの陳述書(乙一〇号証)、被控訴人の陳述書(乙九号証)、原審における証人B及び被控訴人本人の各供述によれば、被控訴人又はBは、川口市内において、カード等を用いたり、Bの経営する米店から融通を受けるなりして、一〇万円を調達することが可能であったことが認められる。また、右証拠中には、次のような部分もある。すなわち、
(1) 平成九年五月五日、被控訴人は、午後三時頃、買い物に出かけ、午後四時一五分頃、イトーヨーカドー川口店等において焼き肉等の買い物をし(乙四号証)、午後四時三〇分頃帰宅した。それ以後は、電話をしたり(乙一ないし三号証)、夕食の準備、その後片付け等をし、外出をしていない。
なお、被控訴人宅の電話の発信のうち、午後二時七分及び二時三〇分のもの(いずれもPHSに対するもの)は被控訴人が外出していたBに電話をしたものであり、午後四時五六分(七秒留守中の呼出し)、五時五三分(九秒留守中の呼出し)、七時四一分のものは被控訴人が長男Cの同級生であるE宅に、午後五時五四分のものは被控訴人が同F宅にPTAの会合の件でそれぞれ電話をしたものである。
(2) Bは、午前中自宅にいて、午後一時頃長男Cらと外出し、小学校のグランドでサッカーをした後、長男Cと二人でビデオを借りて午後四時過ぎ頃、自宅に帰った。その後、ビデオを見、七時頃から家族で夕食を取り、九時頃からテレビを見ており、外出はしていない。
しかし、B及び被控訴人の右各供述部分は、電話の発信記録(乙一号証)及びイトーヨーカドー川口店のレシート(乙四号証)のほか客観的な裏付けに欠けるから、右事実及び各供述部分のみでは前記推認を覆すには足りず、他に前記推認を覆すに足りる証拠はない。
4 以上検討したところによれば、被控訴人は、金銭消費貸借契約又はこれに類する前記の前提事実2、④の契約に基づき、控訴人に対し、一〇万円及びこれに対する平成九年五月五日から同月二六日までの利息制限法所定の年一八パーセントの割合の利息一〇八四円並びに右一〇万円に対する同月二七日から完済に至るまで年二九・二パーセントの割合による遅延損害金を支払う義務を負うというべきである。
二 結論
よって、原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから原判決を取り消して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 増井和男 裁判官 揖斐潔 髙野輝久)